Chronology
年表で自己紹介
| 1984年 | 茨城県猿島郡生まれ。利根川が流れ、茶畑が広がる田舎町で育つ。 |
| 1990年頃 | 誕生日に買ってもらったアニソンや特撮ヒーローものの主題歌が入ったカセットテープを、擦り切れるまで聴き、音楽にのめり込んでいく幼少期。 |
| 1998年 | V系アーティストの音楽に衝撃を受け、その影響でエレキギターが欲しくなり通販でポチる。ギターを毎日かき鳴らす中学時代を過ごす。 |
| 2004年 | 当時流行っていた下北系ギターロックにどハマりして、下北沢のライブハウスへ通いつめた大学生活。 |
| 2007年 | プロを目指し、ギターボーカルとしてバンド活動開始。ライブとバイトを繰り返す日々が続く。 |
| 2010年 | 声の不調が続き、バンドを解散。好きだったはずの音楽と距離感が生まれる。 |
| 2020年 | たまたま流れてきたカントリーミュージックに涙し、音楽との距離が一気に縮まる。埃をかぶってたギターを再び手に取る。 |
| 2022年 | コロナ禍で一人でいる時間が増え、本当にやりたいことは何かを考えた。やっぱり音楽だった。 |
Biography
歩んできた道のり

音楽との出会い?
出会いらしい出会いというものがなく、物心がついた時からとにかく歌ってました。
ラジカセからアニメの曲を流して、毎日毎日歌ってました。
あれは一体なんだったんだ。。。
きっと近所迷惑だったことでしょう。
さらに音楽にのめり込むきっかけは中2の頃。
時代は90年代後半、いわゆるヴィジュアル系といわれるバンドムーブメントのピーク期。
独自の世界観を持ったたくさん楽曲を浴びるように聴き倒しました。
それは目の前の田舎の景色を、果て無く続く砂漠や、どこか遠くの国の街並みに変えてくれました。
ここから抜け出したいという青い感情に寄り添ってくれるように。
そして何より、自分がギターを弾くきっかけになりました。
どこか日常とかは離れた世界観に浸りたい、構築したいという想いはこの頃に生まれたんだと思います。

プロを目指しバンド活動開始
大学進学を機に上京し、勉強そっちのけで通い詰めたのは下北沢のライブハウス。
当時は下北系ギターロックが流行しており、ジーパンにTシャツというシンプルな格好に、UKロックやオルタナロックを貪欲に吸収したバンド達はどこも魅力的。
そしてなんと言ってもギターを弾きながら歌うギターボーカルの姿がかっこいい。
さらになぜか作詞作曲はどのバンドもほぼギターボーカル。
自分の世界観を表現するにはギターボーカルしかない!という謎理論のもと、自身がギターボーカルを担当し、友人たちを巻き込みバンド活動を開始。
今もこの頃に経験したことが土台になって、非力ながらなんとか曲作りができてます。

声が出ない、、、
最初はちょっとした違和感。
なんか声が出しにくい。ケロケロと声が裏返る。
だんだんそれが常態化してしまい、それをなんとかしようと無理矢理声を出してさらに悪化という悪循環。
そんな状態が1日、1週間、1ヶ月だけじゃなく、半年以上経っても治らない。むしろ悪化してる。まともにライブや楽曲作りはできず、バンドメンバーとも疎遠に。
そのままバンド解散となってしまいました。
今思えば発声に関する理解不足、基礎力の不足が原因ですが、もう後の祭り。自分の中で何かが折れた感覚があったのを今でも覚えてます。
あんなに大好きだった音楽とも疎遠になっていくことに。

作って歌うこと
何かに情熱を注ぐこともできず、ただ年月だけが過ぎていく。何となく生きるだけの日々を変えたのは、パンデミックによる世界の激変。
図らずも訪れた静寂の中で出会ったのが「カントリーミュージック」でした。
伝統的なアコースティックの音色に、現代的なエッセンスが溶け合うその懐の深さに、強く救われました。
最新の音に「今」を実感し、どこか懐かしい響きに「ただ純粋に歌うことが楽しかった子供時代」を思い出す…。不思議なことにカントリーは自分にとって遠い異国の音楽ではなく、自分自身の原点に触れるような体験でした。
「懐かしさと新しさの融合」――自分もそういった世界観を形にし、届けたい。ただ「作って歌うこと」が好きだという純粋な想いを原動力を胸に。再び音楽の道を歩み始めます。
Works
メディアの実績
| 全国経理教育協会 ラジオCM楽曲提供 |
| ⽉紬『朝顔』編曲、ミックス•マスタリング担当 |
| ⼀般社団法⼈健康経営推進協会ドキュメンタリー BGM楽曲提供 |
About
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お知らせ
4thシングル「迷い鳥と夢の旅人」
2月26日配信開始
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